覚書き

フラットコーテッドレトリーバー♂ ルークとラウル

あらためまして

ルークの最後を見送って下さった方々、お花を下さった方々、こちらにコメント下さった方々にお礼申し上げます。
ありがとうございました。
コメントに個別レスも出来ずにすみません。

享年9歳6ヶ月と7日でした。


ルークの死因について気になっている方もいらっしゃると思うので、ちょっと書いておきます。
ルークは「気胸」でした。
亡くなった記事のちょうど下の記事、犬服を着せて写真を撮ってる記事をアップしたその日の午後、からです。

今更仕方ないので詳しくは書きませんが、肺や気管に穴が開いて空気が漏れる病気です。
ただ、交通事故とかにあったわけでもないし、自然気胸は自然治癒することが多いと聞くので、自然治癒するだろうと思っていました。

レントゲンの画像では状態はかなり悪いけど、そうとは思えないほど元気で、普通に食べ、普通に散歩も行きたがるしで、安静にと言われていたので散歩を制限するのが可愛そうなほどでした。

でも、念の為にと大学病院でCTを取ると「やはりかなり悪い。すぐに身体にチューブを入れて空気を吸引、それでもだめなら開胸手術します。」と言われ、事の重大さが信じられないくらいでした。

一度は「お願いします。」と預け、帰ろうとしました。
でも、「ルーク、頑張れよ、迎えにくるからね。」と声をかけて去ろうとした瞬間に見た ルークの顔が。

とても切なそうで。

「ここに置いて帰ってはいけない。」
と瞬時に閃きました。

直感というか、陳腐な言い方ですが「ビビッときた」というか。

私の身体を使って、ルークが言わせたのかもしれません。

チューブ吸引は自宅でやることを了承してもらい、手術も入院も断って連れて帰りました。

車に乗せた瞬間に安心して眠りだしたルークを見たら、ホッとしました。
あの時連れて帰ったことは、今でも後悔はしていません。


自宅でのチューブ吸引をしながら、また穏やかな時間が過ぎていきました。
ルークの食欲も散歩欲も変わらなかったし。

ただ、亡くなる3日ほど前から、しきりに外へ出たがるようになりました。
庭へ出す度に空間を、何かを探しているかのようにじっと見つめていました。
今思えば、迎えがきていたのかもしれません。
でもその頃の私たちは、「がんばれ、がんばれ。 ご主人も奥さんも頑張っているよ。 一緒に頑張ろうな。」ばかり言っていたので、「まだ逝けないな。」とお迎えを断っていたのかもしれません。


亡くなる日の夕方も、ルークは普通に晩御飯を食べ、暫くしてから、私たち二人の間に、身体を割り込ませて仁王立ちしました。
それからとても穏やかな目つきになって、ご主人に身体を預けてもたれました。
ルークは普段、甘えたり「抱っこ」とかする方ではなかったので、その瞬間、ふたりで顔を見合わせて同じことを考えて。

「ルーク、もう頑張らんでいいんやで。ルークのタイミングでいいんやで。ルークの好きにしたらいいんやで。」
と言いました。

次に私にも凭れかかってきたので、同じように身体を抱き寄せて、「ルークに任せるよ。」と言いました。


暫くそうしていて、それから急にまた立ち上がり、「しっこするから庭へ出せ。」という催促をしたので庭へ出して。
脚を高々と上げておしっこして。
今度は「うんこしたいから散歩へ連れてけ。」と散歩コースを向いて私を引っ張って。

角を曲がったところで、呼吸困難になったのと、便をしたのが同時だったでしょうか。

地面に伏せて立てなくなってしまったので、すぐにご主人を呼びに家へ走って戻り、抱き上げて貰って家へ入る時にはもう、息も浅く、穏やかな顔をしていました。

部屋へ戻って布団の上へ横たえると、そのままゆっくりと、呼吸が消えていきました。

立派な最期でした。

親ばかですか。
でも本当に、潔い最期でした。

男らしい引き際でした。

惚れ直しました。



ご主人も、奥さん(私)も、ルークがいない事に、淋しい気持ちには押し潰されそうになりますが。
なんだかルークが潔すぎて、後悔することは今はあまり思いつきません。

念願の雪遊びも、今年の冬に気持ちの上で完結させていたことを思い出しました。
よかったら最後にこちらをご覧ください。

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